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水戸地方裁判所 昭和58年(行ウ)11号 判決

原告 鈴木直志

被告 波崎町長

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告の請求の趣旨

1  被告の原告に対する昭和五八年七月二六日付農業委員会委員解任処分を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する被告の答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  原告の請求の原因

1  原告は、昭和五六年八月五日、農業委員会等に関する法律(以下、単に「法」という。)第一二条第二号に基づき、波崎町議会の推薦した学識経験者として、被告により、波崎町農業委員会委員に選任された。

2  被告は、昭和五八年七月二一日に波崎町議会からの解任請求を受けて、法第一七条に基づき、原告に対し、同月二六日付で、農業委員会委員を解任する旨の処分をし、同月二八日、その旨の通知をした(以下、右処分を「本件処分」という。)。

3  本件処分は、左記のとおりの波崎町議会の違法な解任決議に基づく解任請求によるものであるから、違法であり、取消しを免れない。

(一) 波崎町議会議員定員三〇人中一七人は、連署をもつて、昭和五八年六月二〇日、「議会推薦の農業委員である鈴木直志委員の解任請求について」と題する書面を町議会議長宛提出した。その要旨は、「町議会推薦による農業委員会委員は町議会議員の中から推薦すること、それにより選任された委員の任期は町議会議員の改選時までとすることとの決定又は申合せが、議会等においてされた。そのため、議会推薦による五名の委員中、原告を除く他の四名は、右の趣旨に従い、昭和五八年五月二七日ころ、統一地方選挙の機会に、辞任した。しかるに、原告は、右の趣旨に従わず、辞任しない。これは、右申合せ等の違反であり、かつ、議員間の信頼関係を踏みにじり、議会人としての倫理に反する。」というものである。そして、波崎町議会は、同年七月五日、起立多数決により、原告の農業委員会委員の解任を決議した。

(二) しかしながら、まず、波崎町議会において、農業委員会委員の任期は議員としての任期までに限るという正式の決議、決定又は申合せなどというものは全くない。仮に一部、一派の者等の間においてされたものとしても、もとより無効である。

(三) また、仮に正規の議会等において右決定、申合せ等がされたとしても、法第一二条に基づいて選任された委員の任期は、法第七条に基づく選挙による委員の任期と同じく選挙の日から三年と法定されているのに、一町議会における決議等によつてこれを短縮、変更することは許されず、違法、無効であることが明らかである。

(四) その他に、原告を解任する合理的理由はない。したがつて、前記解任決議は、その理由を欠く違法なものである。

よつて、原告は、本件処分の取消しを求める。

二  請求の原因に対する被告の認否及び反論

1  請求の原因1、2の事実は認める。

2  同3のうち、冒頭の事実は否認し、(一)の事実は認め、(二)ないし(四)の事実は不知。

3  法第一七条に基づく解任は、推薦した団体又は議会から解任すべき旨の請求によつて行うもので、その理由は問わない。したがつて、波崎町議会の解任請求に基づいて行つた本件処分は、適法、正当である。

第三証拠〈省略〉

理由

一  請求の原因1、2の事実については、当事者間に争いがない。

二  そこで、本件処分が取り消されるべきものであるか否かについて検討する。

1  前記争いのない事実によれば、本件処分は法第一七条に基づいて行われたものであるところ、同条によれば、市町村長は法第一二条の規定により選任した委員についてこれを推薦した議会から解任すべき旨の請求があつたときはその請求に係る委員を解任しなければならない。したがつて、本件においても、被告は、波崎町議会から適式に原告の解任の請求がされた以上、その理由を問わず(その理由を当然に知りうる立場にあるものでもない。)、原告を解任しなければならないから、前記争いのない事実の下においては、被告のした本件処分は、それ自体においては一応は何の瑕疵も有しないものである。

2  しかしながら、被告による本件処分は、町議会による適法な解任請求に基づいてなされなければならないものであつて、町議会の解任請求自体に瑕疵があるときは、右解任請求に引き続いてなされるところの本件処分も、その瑕疵を承継し、違法性を帯びるものと解すべきである。したがつて、本件処分が、町議会の解任請求に基づいてなされたことをもつて、直ちに適法なものとすることはできない。

そこで、波崎町議会の行つた解任請求の瑕疵について案ずるに、請求の原因3の(一)の事実は、当事者間に争いがないところ、法第一二条第二号に基づいて町議会が農業委員会委員の推薦をする場合には、法文上、被推薦人が所掌事項につき学識経験を有することのほかは、特段の要件が定められておらず、右要件の存否を含めて町議会の自由な裁量により決しうるものと解され、法第一七条に基づいて右推薦により選任された委員の解任を請求する場合にも、法文上何らの要件も定められていないこと、町議会の権能、右推薦に係る農業委員会委員の地位等に鑑み、当該町議会の自由な裁量により決することができると解するのが相当であるから、その裁量権の範囲を超え又はその濫用があつたことが立証されない限り、解任請求が違法であるということはできない。

これを本件についてみるに、請求の原因3(一)の事実は当事者間に争いがないところ、証人安藤寧秋の証言及び原告本人尋問の結果中には、原告の解任の根拠とされた申合せ等はなかつた旨の部分があるが、成立に争いのない甲第五号証の記載及び右争いのない事実中の波崎町議会議員三〇名中少なくとも一七名が右申合せ等の存在を主張していることに鑑み、右申合せ等がなかつたものと断定することはできない。したがつて、右申合せ等の不存在を前提とする原告の主張は、この点において既に理由がない。のみならず前記証言及び本人尋問の結果によれば、次の各事実が認められる。

(一)  波崎町議会においては、昭和四四年又は昭和四七年の改選のときから、法第一二条第二号に基づく農業委員会委員には、広く一般からではなく、町議会議員の中から五名を推薦することが慣例となつていた。

(二)  原告は、昭和五四年四月に波崎町議会議員に初当選し、その後の最初の農業委員会委員の改選期である昭和五六年八月に、他の四名の町議会議員とともに、農業委員会委員に推薦された。

(三)  原告の波崎町議会議員としての任期は昭和五八年四月に満了し、原告は、同月実施された統一地方選挙において同町議会議員に再選された。

(四)  原告とともに農業委員会委員に推薦された四名は、右統一地方選挙後に初めて開催された町議会までに全員辞任した。原告も、右統一地方選挙の前ころから、他の議員達に、議員の任期満了を機に農業委員会委員を辞任するよう求められたが、これを拒否した。

(五)  そこで、前記争いのない経緯で前記解任決議が行われた。

右の各事実によれば、波崎町議会は、統一地方選挙後の新たな構成による町議会において、改めて農業委員会委員の推薦を行うために、従前の推薦による委員に辞任を求め、これに応じなかつた原告について解任決議をしたものということができるところ、その前提となつた前記申合せ等の有無にかかわりなく右のような目的で解任決議を行うことは、その当否はともかく、町議会の裁量権の範囲を逸脱した違法なものであるとまで断定することはできないというべきである。

なお、原告は、町議会が農業委員会委員の法定の任期を短縮、変更することは違法である旨主張するが、波崎町議会が行つたのは、法定の任期を短縮する旨の決議ではなく、農業委員会委員の解任決議であるから、その結果解任された委員が任期途中で退任することになつても、それは法第一七条が当然に予定するところであつて、違法でないことが明らかである。

他に前記解任決議が裁量権の範囲を逸脱したものというべき事由は見出せない。

3  以上のとおりであるから、本件処分は適法、正当であつて、これを取り消すべきものとする原告の主張は理由がない。

三  よつて、原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 龍前三郎 大橋寛明 大澤廣)

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